「仕方ない」、「諦め」の精神
お世話になっております。
ももです。
やっっっと涼しくなって来ましたね!
今朝なんて、目覚めてあまりの肌寒さに毛布を引っ張り出して来ました。
私の部屋は4階にあり、夏は灼熱、冬は極寒の地獄の箱なのです。
外気温が、影響します。
今日は、私が近年ドハマりしている、遠藤周作さんのお話をしたいと思います。
大学で、ほんの少しかじっていました。
遠藤さんは、戦後文学を代表する作家さんです。
純文学や通俗小説、エッセイなど、本当に沢山の作品を世に出しました。
私も、まだまだまだ、一部にしか目を通せておりません。
エッセイは「狐裡庵」という名義で出版されており、こちらの名前をご存知の方もおられるのではないでしょうか。
戦後文学の一貫としたテーマは「仕方ない」、「諦め」の精神です。
この時代の日本人は、無理矢理アメリカナイズドされた政策や生活に日本人としてのプライドを踏みにじられていました。
もちろん、影響を受けて良い結果もあったでしょうが、それまでガチガチに固められていた固定観念が、「戦争に負けた」という、当時の日本人にとってかなり屈辱的な理由ひとつで、ひっくり返されてしまったのです。
すぐに納得し順応できるものではなかったでしょう。
また連合国に敗戦した後の日本は物資が乏しく、逆境の中の生活でした。
反抗するにも、体力がありませんでした。
戦時中から培ってきた、「戦争だから我慢する」の精神が「負けたから仕方ない」に摩り替わって人々の精神に巣食ってしまったのです。
同じ戦後作家である、太宰治さんの作品には、もろにこういった気質の人物が多く出てきます。
あらゆることに自堕落で、常にいじけていて、何事にも諦めている。ともすれば自ら命を絶ってしまう。
(誤解のないようにご説明しておきますが、太宰さんの作品には明るくユーモラスなものもあります。
「正義と微笑」がおすすめです。)
そして、この太宰作品の人物に似ているようで、似ていないのが、遠藤さんの作品です。
よく、「太宰さんは破滅型、遠藤さんは調和型」の作家であると表現されます。
ふたつは、結末に大きな違いがあります。
例えば、遠藤さんの代表作のひとつ「彼の生きかた」の主人公は、幼い頃からの吃音持ちで、卑しく打算的な社会に苦しめられます。
逆境に立ち向かう力のない、弱い人間として描かれています。
彼は、社会に溶け込むことを諦め、初恋の女性を諦め、一見逃げているように見えます。
実際、序盤から中盤にかけて彼はずっと後ろ向きに生きていきます。
しかし、最後の最後で自分の人生をかけて研究した日本猿を守る為、不器用なりに反抗し、苦心するのです。
ここに、この大きな逆境に苦しみ非力ながらも、もがき頑張る姿が私は大好きです。
とても元気付けられます。
またこの「逆境」が、現代の「不況」に当てはまるようにも感じられるのです。
現代人も「不況」を理由に、諦めることを覚えてしまいました。
現代の若者のひとりである私にとって、遠藤作品の登場人物の頑張りは、大きな感情移入を伴って、私に力を与えてくれる気がするのです。
少し前、太宰小説がリバイバルヒットし、映画化までしました。
これも、不景気時代の「戦後の諦め精神」に対する共感が生んだのではないでしょうか。
しかし、だからこそ私は、最後に希望を残してくれる遠藤小説こそ、おすすめしたいです。
